若者はいつも悩んでいる

最近の大学生の頭の中です

右と左も、数も、色を表す言葉もないピダハンのはなし①

 「ピダハン」という

今月の10冊の3冊目の本が

 

あ ま り に も

 

面白かったので、レビューしていきたいと思います。

  

右と左の概念

 

数の概念

 

ましてや、

色を表すことば 

さえな

 

そんな言語をあやつるアマゾンの少数部族

ピダハンとは...

 

目次(押したら飛びます)

 

 

 

 

書籍版

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

 

 

KIindle版もあります 

ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観

 

 

 

異文化理解なんて"あたりまえ"じゃん

 

異文化理解

異文化コミュニケーション

文化多様性

文化相対主義

 

一見難しそうなこれらの言葉は、つまるところ

自分と違う文化も理解しないと!」という意味で使われます。

 

アメリカ人が、挨拶でハグをするとか、

イスラム教徒の人が1日のうちに何回かお祈りをするとか

 

こういった“異文化”なら、

僕たちは「そういう文化もあっていいよね」と認められますよね。 

 

が、

 

あなたは本当に、どんな文化に対しても

 

「それも文化だよね、理解し合わないと」

 

と言えるでしょうか

 

ほんとに?

理解できない文化なんて本当にないんでしょうか?

 

 

それではお待たせしました

 

僕の常識をぶち壊した ブラジル、アマゾンの奥地に住む

ピダハン族の文化に触れるツアーにご案内しましょう。

 

赤ん坊の話 

 

この本の著者であるダンは、敬虔なキリスト教徒で、

聖書をピダハン語に翻訳するために、彼らと30年間関わり続けた言語学者です。

そしてこれは、ダンさんが実際に体験した話です。

 

 

ポコーという名の若いお母さんが、赤ちゃんを産みました。最初はポコーも元気で、 赤ん坊もすくすくと育っていました。 しかし、その数ヶ月後、ポコーはなにかの病気にかかってしまい、どんどんとやつれていきました。頰はこけ、四肢は肉がそげ、弱り果てて動くことさえできません。お乳がでないので、赤ん坊も弱っていきます。そして、とうとう母親であるポコーは死んでしまいました。 弱りきった赤ん坊を残して。 ダンは、他のピダハンに、誰が赤ん坊の面倒をみるのか訪ねましたが、ピダハンは 「赤ん坊は死ぬ。乳をやる母親がいない」とみな口を揃えて言いました。 「私が育てよう」とダンは言うと、 「いいだろう」とピダハンたちは答えましたが、最後にこうも付け加えた。 「だが赤ん坊は死ぬよ」 ほとんど意識のなくなった赤ん坊にミルクを飲ませるのは至難の技でした。即席のチューブを使って、赤ん坊の喉に直接、ミルクを流し込みました。 こうした懸命な処置が三日三晩続き、赤ん坊はなんとか持ちこたえ、回復の兆しが見えてきました。そんな午後に、この辺でしばらく赤ん坊から目を離しても大丈夫だと思ったダンは、少し外にジョギングにでます。 少なくとも一人のピダハンの人生に、確かな手助けができたという思いに、少し酔いしれながら。 帰ってみると、家に数人のピダハンが集まっており、あたりには強烈なアルコール臭が漂っていました。 ダンが近づくと、彼らは場所をあけてくれました。 そして目に飛び込んできたのは  地面に横たわり、死んでいる赤ん坊の姿でした。  父親が言いました。「死んだ。これは苦しんでいた。死にたがっていた。」 父親自身が、自らの手で喉にアルコールを流し込み、息子の命を絶ったのでした。 

 

 

これも文化??? 

 

結論から言って、

ピダハンは同胞を殺すことを是とするような、残忍な民族ではありません。

 

この父親の行動も、ピダハンの文化(=ものの見かた)に基づいています。

 

ならば、それはどんな文化なのでしょう。

 

想像力を膨らませて、少し考えてみてください。

 

次の記事で、

この父親を動かしたピダハンの文化に迫ります。

 

では。

 

 

書籍版

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

 

 

 kindle

ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観

 

 

 

※赤ん坊のお話については、ブログで読みやすいように改変してあります。