若者はいつも悩んでいる

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圧倒的に無益な読書体験 × 哲学ちっくな記事

「真っ白じゃないのは、黒と同じ」という風潮が僕は嫌だ。

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宮迫だっけ

 

浮気か不倫の疑惑の件で記者に

「ずばり白ですか?黒ですか!?」

って聞かれたとき

 

オフホワイトです、って答えたの。

 

 それが今じゃネタにされて、少し前に番組中にいじられた時には

 

「ダークグレーです。」と言葉を濁したとか、しないとか。

 

 そこらへんのあいまいな感じ、人間味があって好きです。

 

 

今日は僕が嫌いな

 

一度の失敗も許されない空気と 

 

真っ白じゃなのは、黒と同じという風潮について書きます。

 

芸能人の不倫や

ユーチューバーの炎上

ニュースを見るたび、あなたがなんとなく思っている違和感が

この記事で言語化されることを願って。

 

では、さっそく!

 

目次 

 

 

 

一度たりとも間違えてはいけない

 

 

なぜ僕たちは、他人の失敗(不倫や炎上騒動)

に食いついてしまうんだろう。

 

いろいろ考えた結果、あるものに行き着いた。

 

 

 

9x2の話

 

 

 

ソースは忘れました。

おそらくアメリカ人の友達がシェアしていた記事か何かだった気がします。

 

以下おぼろげな記憶から引用です

 

先生が黒板にこう書きました。

(よく見てみてください)

 

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書き終えたあと、先生は生徒がくすくす、にやにやと笑っているのを見てこう言いました。

 

あなたたちが笑っている理由が先生にはわかります。

 

きっと9x2=16と先生が黒板に書いたからでしょう。

 

確かに先生は間違えました。

9x2=18です。

 

でも、他の8つはあっています。

 

みなさんは、9つのうち、8つがあっていたとしても

1つでも間違えたら、そこを指摘して笑います。

他の8つはすべてあっているのに。

 

評価するべきは、一つの間違いではなく8つの正解です。

だからもし、その人が一つ間違えていたとしたら、それを優しく教えてあげればいいんです。

バカにする必要はありません。

先生も間違えることがあるんです

それはあなたも同じです。

 

大事なのは、間違えてしまっときに、たった一つの間違えて責めるのではなく

8つの正解を評価してあげたうえで、たった1つの間違いに寛容であることだと先生は思います。

 

 

 

 

 

これは、たまたま間違えてしまった教師の、ユーモラスな返しともとれるかもしれないけれど、僕はこの話を、寛容性のはなし、として記憶しています。

 

ユーチューバーの炎上

芸能人、政治家の不倫も同じだと僕は思います。

 

今までにたくさんのことを喜ばせてきたという事実や

日々きちんとこなしてきた業務を無視して

 

たった一度の間違いにフォーカスし、集中砲火で叩き潰して、

二度と立ち直れないほどのダメージを与えたあと、忘れる。

 

9x2=16と書いてしまった瞬間、人生終了みたいな

そんな無慈悲な社会が、僕は嫌いです。

 

 

有名な話ですが、旧約聖書にこんな話があります。 

 

エスの前に罪を犯した女が連れてこられた。


「先生、この女は罪を犯しました。
こういう女は石で打ち殺せと、

モーセは律法の中で命じています。
あなたはどうお考えになりますか。」


エスはこう言った。


「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」 

すると周りに集まっていた人々は、年長者から始まって、
一人また一人と、立ち去ってしまい、
エスひとりと、真ん中にいた女が残った。 

 

 

僕はキリスト教徒ではないけれど

 

他人の罪を、無条件に責めることができるのは

根本的には一度も罪を犯したことのない人だけだと思います 。

 

となると、

誰も正々堂々他人の過ちを責める権利なんて持ってないはずです。

 

それでも批判や人が人を裁くことは僕らの生活になくてはならないものだから

 

僕らは審判を立法府に委ねています。

 

だからこそ私刑(TwitterSNSで未成年の容疑者の個人情報を暴露し、私的制裁を加ええる行為)は決して正当化されないし

 

非難するなら、もっと控えめに、より論理的にするべきだし

 

なにより外野は黙ってろ

 

と僕は思ってしまう。

 

  

少し、話が脱線するかもしれませんが、

 

 

僕はチャゲアスアスカの薬物報道に関しても同じことを思いました。

 

確かに薬物に手を出したことは間違い無く過ちだし

 

薬物の危険性を報道するのは正しいと思う。

 

でも、それと同じくらい、

 

薬物を克服した人も報じてほしい。

 

薬物という、意思とは別の病的依存性を

周りのサポートと本人の血のにじむ努力で克服した人の姿を報道することは

 

僕たちが生きていくなかで

「そこで人生終了」みたいな

取り返しのつかない失敗なんてそうそうない

 

ってことを示すいい例になると思うから。

 

(だから僕は、はじめしゃちょーが炎上した後に復帰したのを見て嬉しかった。)

 

 

他人の過ちに寛容な空気が

 

失敗に寛容な社会の土壌を生み

 

その上にこそ、挑戦の花が咲く

 

 

と僕は思います。

 

 

 

真っ白じゃないものは、黒と同じ

 

ヒカルのVALUの騒動。

 

僕は、グレーだったと思います。(理由は長くなるので割愛)

 

 

 にもかかわらず、今回徹底的に叩かれたのはなぜか?

 

 

僕はその原因がこの風潮

 

 

真っ白なものは汚したくなる

 

 

真っ白なものは汚したくなる (Complete Edition)

真っ白なものは汚したくなる (Complete Edition)

 

 

 

 じゃなくて(あぶないあぶない。友達の欅坂46病の初期症状がd..)

 

 

 

真っ白じゃないなら、それは黒と同じ

 

という風潮にあると思っています。

 

 

 

国会議員

芸能人も

ユーチューバーも

 

少しでも、非があれば

少しでも、正論のつけいる隙があれば

少しでも、その白がくすんでいれば

 

白じゃないんでしょ?

ほらここ甘いじゃん。

真っ白じゃないなら、それはもう黒だよ。間違いだよ。お前の落ち度だよ。

 

と無条件に非難されます。

そこに、オフホワイトもダークグレーもない。

 

白寄りか、黒寄りかのグラデーションは無視して

白じゃないなら黒という風潮。

 

これじゃ、絶対に誰が見ても非のない

(そんなもの本当はないんだけれど見た目上そう見えるもの)

 しか生まれなくなってしまう気がする。

 

 

 

威勢良く飛び出してく杭とそれを打つためのトンカチを

僕らに見せるための液晶ばっかり美しくなる毎日

                「髙橋優」 雑踏の片隅で

 

 

 

今なら髙橋優の気持ちがわかる気がします。

 

 

4Kとか1200万画素とか

どんどん美しくなる画面に映るのは

 

不必要なほど鮮明な綺麗な女優の肌のキメ細かさと

不倫、炎上の真相が本当に真っ白かどうかを

つけ止めようとするワイドショー 

 

 そんなもの映すための高画質じゃない、だなんて

論点ずれまくりのぼやきを最後にして、まとめ。

 

 まとめ

 

人は必ず過ちを犯す。

一度の失敗を非難する前に、それまでに積み上げてきたポジティブな面に目を向ければ、もっと寛容になれるはず。人の9x2=16を笑うな、ってこと。

 

真っ白じゃないものは、黒という風潮が、勇気ある主張を妨げ、無難なことしか言えない、やれない空気を作る。

一点の曇りを探すより、声をあげたこと自体を評価すべき、だと思う。

 

 

ではまた。 

 

Inspired from 宮代健太, Yuya Shinyani, 髙橋優,  

いつかどこかで話をした名前も忘れた人々